「早くして」と言ってしまう朝に
遅れているのは、大人が組んだ時間割に対してです。手を出した瞬間に伝わってしまうことと、変えるべきは子どもではなく環境のほうだという話。
KID ACADEMY が大切にしているのは、子どもは自分で育つ力を持っているという考えです。大人の仕事は、できないことを代わりにやることでも、急がせることでもありません。その子が自分でできる形に、まわりを整えることだと思っています。
今日は、その考えがいちばん試される場面について書きます。動きがゆっくりなお子さんと過ごす朝の話です。
その「遅い」は、誰にとっての遅さか
靴下を履くのに5分かかる。声をかけても、返事までに間がある。みんなが次に移っても、まだ前のことをしている。
ここで最初に確かめたいことがあります。その遅さは、お子さんにとっての遅さでしょうか。
多くの場合、違います。遅れているのは大人が組んだ時間割に対してです。7時40分に家を出ると決めたのは大人で、子どもはその時刻を知りません。知っていても、逆算する力はまだ育っていません。
これは「だから叱ってはいけない」という話ではありません。実際に遅れるし、仕事もある。急かしてしまうのは当たり前です。ただ、何が起きているかだけは正確に見ておきたい。子どもが怠けているのではなく、二つの時間の速さが合っていないだけです。
手を出した瞬間に、伝わってしまうこと
間に合わないとき、私たちはつい手を出します。靴下を履かせる、カバンを持たせる、ボタンを留める。
善意です。それでも、子どもの側にはこう届きます。「あなたは、自分ではできない」
一度や二度なら何でもありません。でも毎朝くり返されると、子どもは自分で始めなくなります。どうせ途中で取り上げられるなら、最初から待っていたほうが楽だからです。
動きの遅さが、やる気のなさに見え始めるのはこの段階です。元々あったのは処理の速さの違いだけでした。そこに「自分ではできない」という学習が一つ足されて、別の問題になっています。
私たちが教室で速さより先に守っているのは、ここです。遅くてもいい。自分で始めて、自分で終えたという経験が切れないようにする。
それでも、どこで止まっているかは見ておく
待てばいいと言っても、何時間でもというわけにはいきません。だから、どこで時間がかかっているかは見ておきます。
ほとんどの子は、この3つが濃淡を持って混ざっています。それでも「どれが濃いか」が分かると、手を出す代わりに何を変えればいいかが見えてきます。
変えるのは、子どもではなく環境
ここがいちばん伝えたいところです。
靴下を履くのが遅いなら、履きやすい靴下に替える。座って履ける場所を作る。前の晩に、自分で選んで出しておいてもらう。
カバンが用意できないなら、中身が見える高さに置く。子どもの目線より上にあるものは、存在していないのと同じです。
朝が足りないなら、朝の予定をひとつ減らす。身も蓋もない話ですが、処理の速さはすぐには変わりません。変えられるのは、与える量のほうです。
こうして整えていくと、手を出さなくても間に合う場面が増えます。子どもは「自分でできた」を積み、大人は「早くして」を言わずに済む。どちらも同じひとつの工夫から来ています。
教室でも同じことをしています。棚の高さ、道具の置き場所、次に何が来るか分かる掲示。子どもが大人を呼ばずに動ける形にしておく。整えるのは大人の仕事で、やるのは子どもの仕事です。
待つ、という支援
声をかけてから、頭のなかで10数えてみてください。
短いようで、びっくりするほど長く感じます。手が出そうになります。でもこの10秒で動き出す子は、本当に多い。私たちが待てなかっただけだった、ということがよくあります。
待っているあいだ、子どもの頭のなかでは、聞いた言葉が意味になり、体に指示が届いています。外からは何も起きていないように見えますが、止まっているわけではありません。
周りと比べてしまう方へ
同じ年齢の子がさっと動いているのを見ると、不安になります。このままで小学校はやっていけるのか、と。
処理の速さは伸びます。ただ、仮にずっとゆっくりなままだったとしても、困るとは限りません。大人になって必要になるのは、速さより自分で段取りを立てて、最後まで終える力です。それは、急かされ続けた子より、待ってもらえた子のほうが育ちます。
いま積んでおきたいのは「速くできた」ではなく、「自分で、最後までやった」という経験のほうだと考えています。