わらべうたは、ワーキングメモリの訓練です
わらべうたを「昔ながらの遊び」として取り入れているわけではありません。覚えながら同時に体を動かす——ワーキングメモリの定義そのものをしている遊びだからです。
KID ACADEMY は、ワーキングメモリを育てるところから始まった教室です。代表が脳科学の研究者から「幼少期にワーキングメモリを鍛えれば、子どもの力を最大限に引き出せる」と聞いたのが、2011年のはじまりでした。
今日は、そのために教室で使っているわらべうたの話をします。
なぜこの話をするかというと、わらべうたを「昔ながらの遊び」や「情操教育」だと思われることが多いからです。私たちが取り入れている理由は違います。あれは、子どもが嫌がらずに続けられる、数少ないワーキングメモリの負荷のかけ方だからです。
そしてもうひとつ。わらべうたが400年も残ってきた理由そのものが、記憶の話とつながっています。
誰も管理していないのに、400年残った
わらべうたには作者がいません。
「童謡」はもともと「わざうた」と読みました。作者が分からないまま世の中に広まった歌のことで、神様の意思が子どもの口を通して示されると考えられていたそうです。辞書に載っている古い用例は、鎌倉時代の『古事談』(1212〜15年頃)までさかのぼります。
いま私たちが知っているわらべうたの多くは、江戸時代のはじめ、1600年代にはすでに歌われていたとされています。記録に残るのはずっと後で、最初の童謡集が編まれたのが1820年頃、尾張藩士がまとめた子どもの遊びの本『児戯』が1831年です。
つまり記録されるより200年も前から、子どもの口から口へだけで伝わっていたことになります。
学校で教えられたわけでも、本に書かれていたわけでもありません。大人が「残そう」としたわけでもない。それでも消えなかった。歌とリズムに乗せたものは、文字がなくても残るからです。
これは、このあと書くワーキングメモリの話と同じ理屈です。ばらばらの情報は消えやすく、リズムでまとまった情報は残る。400年の口伝えは、その壮大な実証でもあります。
同時に、これは私たちが受け継いできた文化そのものでもあります。誰かが管理したわけでもないのに、子どもたちの遊びのなかで生き延びてきたもの。日本に生まれた子が、日本語の拍で遊べるというのは、当たり前のことではありません。私たちは、支援の方法としてだけでなく、受け継ぐべきものとしてもわらべうたを扱っています。
ワーキングメモリとは
情報を一時的に頭に置いておきながら、同時にそれを使う力のことです。前頭前野が担っています。
分かりにくければ、お子さんのこんな場面を思い浮かべてください。
- 「くつ下はいて、カバン持って、玄関行って」と言うと、くつ下だけ履いて止まっている
- 話しかけると、さっきまで何をしていたか分からなくなる
- 手を洗いに行って、途中で遊びはじめる
- ことばの最後のほうだけ返事をする
指示が通らないのは、聞いていないからではないことがあります。聞いた内容を、やり終わるまで持っていられないことがあります。ワーキングメモリの容量の問題です。
この力は、学業成績や自己制御との関連が繰り返し報告されています。フロリダ大学の Alloway 博士は、ワーキングメモリが IQ とは別の独立した機能で、学習の成否に直接つながると指摘しています。そして鍛えられることも分かっています。
わらべうたのどこに負荷がかかるか
覚えながら、同時に動かしている。
「おふねがぎっちらこ」は、歌詞を思い出しながら、相手と呼吸を合わせて体を前後に倒します。覚えておく作業と、体を動かす作業が同時進行です。これがワーキングメモリの定義そのものです。歌うだけでも、手を動かすだけでも、この負荷はかかりません。両方を一度にやるから意味があります。
自分の番を保持し続けている。
交互にやる遊びでは、相手が動いているあいだ、自分は「次に何をするか」を頭に置いたまま待ちます。待っているあいだも情報は消えません。保持と切り替えを何十回も繰り返しています。
リズムが「まとまり」を作っている。
ばらばらの音は覚えにくく、かたまりになった音は覚えやすい。わらべうたは日本語の拍にそのまま乗っているので、歌詞が自然にかたまりになります。同じ量の情報を、少ない負荷で持てるようになる。400年残ってきたのも、同じ性質によります。
なぜドリルではなく歌なのか
ワーキングメモリを鍛えるには、容量ぎりぎりの負荷が要ります。簡単すぎると伸びません。
ところが負荷をかけると、子どもは嫌がります。できないことを続けさせられるからです。課題にすると続かない。
わらべうたには、正解の判定がありません。歌詞が飛んでも、手がずれても、遊びは止まりません。負荷はかかっているのに、失敗した感じがしない。だから何度でもやります。
正直に書いておくと、「わらべうたでワーキングメモリが伸びる」という研究があるわけではありません。あるのは、ワーキングメモリは訓練で伸びるという研究と、わらべうたがその負荷のかかる構造をしているという事実です。私たちはそれを踏まえて取り入れています。
教室で使っているもの
- おふねがぎっちらこ … 向かい合って手をつなぎ、交互に引き合う
- いちりにりさんり … 足の裏から膝へ、順に上がる
- にぎりぱっちり … 両手で包んで、開く
- ひらいたひらいた … 輪になって、広がって縮む
- あがりめさがりめ … 目尻を上げ下げして、顔を見合わせる
道具はいりません。向かい合えればできます。
おうちでやるなら
上手に歌う必要はありません。音程も歌詞も、合っていなくて構いません。
ひとつだけ。少しだけ難しくしてください。慣れてきたら速くする、動きをひとつ足す、順番を逆にする。すらすらできるようになったものは、もう負荷になっていません。
嫌がったらやめてください。「また一緒にやりたい」と思ってもらえるかどうかが、続けられるかどうかを決めます。
指示が通らない、と感じている方へ
何度言っても伝わらないとき、聞く気がないのだと思ってしまいがちです。叱る回数が増えて、こちらも疲れます。
でも、持っていられる量には個人差があります。三つ言われて三つ覚えられる子と、二つで精一杯の子がいる。精一杯の子に三つ言い続けても、伝わらないまま互いに消耗するだけです。
いまできることは二つです。ひとつは、伝え方を容量に合わせること。ひとつずつ、終わってから次を言う。もうひとつが、容量そのものを広げること。わらべうたは後者です。
この力は、小学校の授業の聞き取り、中学の学習、そして社会に出てから「段取りを立てる」場面まで、ずっと使われます。いま育てておくと、ずっと効きます。
そして、お子さんが大人になったとき、同じ歌を自分の子に歌うかもしれません。400年そうやって残ってきたものです。
参考
- 「童謡/わざうた」の語義と変遷(世界大百科事典、日本大百科全書)
- 近世初期のわらべうたと、江戸後期の童戯集『児戯』(1831年)