ADHDに対する社会の理解不足・対応不足が親子を追い込む
ADHDについての社会的な認知や理解は、今でもまだ十分とはいえません。なぜなら、発熱などの体調不良や風邪のような、明らかに「病気」と分かるものと違って、ADHDの症状は、それが「個性」の範囲内におさまるのか、それとも何らかの特別なサポートや治療が必要なレベルなのか、判断がつきにくいからです。それは、子を持つ親や一般人の間でだけ難しいのではなく、たとえ専門家であっても診断の手順は複雑で、場合によっては誤診することもあるほどです。
このように、ADHDかどうかを見極めることさえ簡単ではない上に、世間一般からの「親の育てかたが悪い」、「愛情不足だ」といった偏見やプレッシャーが根強く残るのも、この病気の特徴です。ADHDを抱える子供との関わり方について、社会はまだ未完成な地図しか持っていません。ところが同時に、子どもの振る舞いをきちんと矯正し、良い子に育てる力を持つ「正しい親」の姿は、強いイメージとして広く共有されているのです。その結果、ADHD児を持つ親は、「私の育て方が悪いから」「子どもをきちんと愛せていないのではないか」といった、不安、罪悪感、孤立感などに苦しむことになってしまうのです。
さらに、そういった苦痛を抱え込んでいるようでは、どうしても子どもに明るく笑顔で接する余裕もなくなっていきます。何度も同じ間違いを繰り返し、こちらの言うことを聞かず走り回る我が子を見て、叱ってはうんざりの日々に疲れてしまうのです。そして、そんな親の姿を見ている子どももまた、「自分は親をうんざりさせるようなダメな子なんだ」と自信を失っていきます。
このように、ADHDへの正しい理解や対処法が不足したまま、親と子の関係性にのみ子どもの問題行動の原因を探してしまう環境が、残念ながら現代社会には多く存在します。
そこで、改めて繰り返し強調したいのは、我が子に育てにくさを感じている親御さんには、親子の関係のみに閉じこもらず、専門家の助けを求めるべきだということです。
ところが、保護者の中には、なかなか小児科の戸を叩けない方もいるようです。彼らの抱える不安はさまざまです。たとえば、自分の子どもが「特殊」であることを認められないという方もいます。それとは別に、サポートが必要かもしれない親子を足踏みさせてしまう遠因のひとつとして、ADHDの薬物療法に対する不信感が挙げられます。
ADHDを持つ子どもへの薬物療法の安全性
薬物療法への誤解
結論から言うと、ADHD児に対する薬物療法は、それが主治医の正しい判断と処方の下で行われているのであれば、何か悪いことが起きる可能性はとても低いはずです。もしも、小児科の扉を叩いた結果、子どもに薬物療法が必要と判断されたのであれば、その指示に従う方がよいでしょう。
ところが、ADHDへの薬物療法には、その歴史から良くないイメージが持たれているのも事実です。というのは、2000年代後半に「コンサータ(メチルフェニデート徐放錠)」と「ストラテラ(アトモキセチン)」という2つの新薬が認可される以前は、ADHD児童への薬物療法は主に「リタリン(短時間作用型メチルフェニデート)」が主役だったからです。
この「リタリン」という薬は、小児のADHDへの治療だけではなく、うつ病など他の疾患を患う大人にも処方されてきました。その影で、「リタリン」は興奮や多幸感をもたらす薬として乱用され、不正な譲渡や売り買いがなされるようになってしまったのです。確かに、「リタリン」にはコカインと同じ薬理作用があるため、依存や乱用のリスクは極めて高かったのが事実です。
この社会現象が背景にあるためか、ADHD児への薬物療法は、子どもには強すぎる薬なのではないか、といった不安が抱かれていた時期もあるようです。
しかしながら、「リタリン」の処方でADHD児にとって悪影響になるというのは、古いイメージでしかありません。それどころか、多くの場合は間違ったイメージなのです。
「リタリン」が不正に乱用されて社会問題になったのは、あくまでも大人たちの間での話です。彼らは、「リタリン」をすりつぶして粉状にして鼻から吸引したり、静脈に注射するなどして効果を激増させていました。つまり、逆に言えば、錠剤のままではそれほど強い効果を得ることが困難なのです。そのため、医師の指示の下で適量の「リタリン」を与えられていた者たちの間では、それが大人か子どもかに関わらず、依存や乱用といったトラブルが起きるリスクは低かったのが事実です。ごくまれに、医師の指示を越えて「リタリン」を摂取するようになってしまった子どもの事例も存在しますが、適切な管理の下では依存にまでは至らないのが多数派です。
それに、先に紹介した2つの新薬「コンサータ」と「ストラテラ」は、「リタリン」よりも依存のリスクが低いのです。というのも、新薬は「リタリン」のようにすりつぶして使うことが不可能な構造で作られているため、乱用ができないからです。
副作用について
現代日本社会でADHD児に処方されるのは、「コンサータ」、「ストラテラ」と「インチュニブ」の3つです。これらの薬物療法によって起き得る副作用は、依存よりも頭痛、腹痛、不眠、食欲低下、情緒不安などといった症状です。特に、食欲不振と不眠は最も現れやすい症状なので、意識して朝食を多く食べさせたり、間食を増やすなどといった配慮が必要になります。
2016年の時点で、薬物療法をしても子どもの脳神経の発達に遅れは出ないという研究結果が示されています。しかしながら、身体の成長にはごくわずかながら影響が出ると報告されています。
まとめ
ADHDへの医学的な治療のアプローチは、主に行動療法と薬物療法のどちらかか、その2つを同時に行うことが多いです。一言で「ADHD」といっても、抱える症状の種類や程度には個人差があるため、同じ治療方法を試しても、ある子どもには良い効果が現れたのに、別の子には効果が出ない、あるいは副作用の方が目立った、なんてことは当然起きるでしょう。ただし、それはADHDの治療に限らず、あらゆる薬物療法に当てはまることです。
いずれにせよ、一瞬で魔法のように症状を消し去るのは困難なのが現実です。したがって、私たちは、継続して治療やサポートの方法を試行錯誤しながら、子どもの発達を支援していく必要があります。