子どもたち、特に小学校に上がる前の幼児期に、発達の度合いを測るひとつの目安として、「心の理論」が育っているかどうかがあります。今回は、「心の理論」について解説していきます。
「心の理論」とは何か
例1)
タケシ君は、テーブルの上のチョコレートを、お母さんの許しを得ずに勝手に食べてしまいました。そこへお母さんがやって来て、「チョコレート食べたでしょう」と注意します。たけし君は、「食べてない」と言い張って、食べたことを隠そうとします。
すると、お母さんは、「あのチョコレートにはお酒が入っているから、食べたら顔が真っ赤になるんだよ」と“嘘”を言いました。それを聞いたタケシ君は、慌てて鏡のところへ走っていって、「赤くなんてなってないよ」と叫びました。そして、タケシ君はお母さんに叱られました。
どうしてタケシ君は、チョコレートを食べたことがバレたのでしょうか。
どうすれば、バレずに済んだのでしょうか。
「心」そのものは目に見えなくても、人は社会生活を送る上で、相手の心の状態を推測したり理解して、そこから次に自分の取るべき行動を考えます。
この、“他者が何を思っているか”を意識してから、その場面に合った自分の行動を取ること、また、そこには一定の関連や規則性があることを指して、「心の理論」と呼びます。
他の具体例も見ていきましょう。
例2)
サリーとアンが、同じ部屋にいます。サリーはカゴを、アンは箱を持っています。サリーはボールを持っています。サリーは、ボールを自分のカゴに入れると、カゴをそのままにして部屋を出ていきました。
アンは、サリーのボールをカゴから取り出すと、自分の箱に入れました。
さて、サリーが部屋に帰って来ました。サリーは自分のボールで遊びたいと思いました。
サリーがボールを探すのは、どこでしょう。
このクイズのポイントは、部屋に戻ってきたサリーが何を考えているかを、きちんと予測できるかどうか、です。つまり、「自分が見たありのままの状況と、サリーの立場から見える状況は異なる」ということが認識できているかどうかを推し測るためのクイズなのです。
正しく考えるならば、アンがボールを自分の箱にうつす場面をサリーは見ていないので、サリーがボールを探す場所は、カゴと答えるのが正解です。
ところが、3歳児は、このクイズに「箱」と答えてしまいます。これは、彼らがサリーの立場から見える状況と、そこでサリーは何を思うか(心)を想像できていないためです。
つまり、3歳児にとっては「他の人は自分の知っている事実とは異なることを信じていることがある(他者の誤った信念の理解)」と考えるのは、まだ難しいのです。
例3)
スポンジで出来ているけれど、岩に見えるように色を塗った「スポンジの岩」があります。あなたは、それに触って、見た目は岩だけれど中身はスポンジなのだと理解しました。 そこで、あなたは「これは何に見えますか?」と質問されます。どう答えますか。
このクイズは、「見かけと現実の区別」と呼ばれる課題で、4歳児以降であれば、「岩に見える」と答えることが出来ます。しかし、3歳児は「スポンジに見える」と誤って答えてしまいます。
この通り、「幼児期」といっても、3歳児ではそのほとんどが正しく答えられず、4〜7歳にかけて正解率が上昇する実験結果は数多くあります。そのため、3〜4歳の時期は、自己と他者を切り離して考えられるようになる発達の過渡期にあると考えられます。
さて、例1に出てきたタケシ君は、何歳ごろでしょうか。正確な年齢は分かりませんが、彼がまだ「自己と他者を切り離して考える」ことがうまくないのは確かです。
実際、数多くの実験結果から、他の人に物を取り上げられないようにしたり、怒られないように自分のしたことを隠すといった行為は幼いうちからできても、「あざむく」行動がうまくできるようになるのは、4歳以降と考えられています。つまり、はっきりと騙す意図をもって、嘘を真実と思い込ませようとするのは、それだけ難しいということです。
「心の理論」と「イヤイヤ期」
先の「心の理論」の説明でみた通り、自己と他者の切り離しは、幼児の発達の過程では重要なことです。そのもっとも分かりやすい現れが、いわゆる「イヤイヤ期」と呼ばれる反抗です。
子どもは2〜3歳頃になると、親の言うことをなんでも拒否したり、叱られても謝らないといった「反抗期」に入ります。この時期、子どもは自分には親と異なる自分自身の気持ち(意志や欲求)があると意識できるようになるのです。これこそが自我の芽生えです。
とはいえ、彼らは自分の欲求や意志を言葉にしてうまく伝えることができません。そのため、自分のしたいことを親に止められたりすると、反抗というかたちでしか反応できないのです。このとき、反抗を通して親と子どもの自我のぶつかり合いが起きるのは、子どもにとって、自己と他者を違うものと意識するポイントです。また、このぶつかり合いは、社会性を発達させるために重要ともみなされています。子どもは、少しずつ自分の欲求を伝えるコミュニケーションの方法を獲得し、4〜6歳頃までには、この「なんでも拒否」する反抗期は消えていくと言われています。それにしたがい、他者からの評価を気にしたり、比較・競争を行うようになって、一人遊びや大人との遊びよりも、年頃の近い子どもたち同士でのグループ遊びを好むようになります。
まとめ
子どもの発達の過程で、自分と他の人の違いを認識できているかどうかは、発達障がいを見極める際にもひとつの大事なポイントになります。とりわけ、4歳児以降、ある程度大きくなってからでも例2のような問題に正答できない場合は、それなりの注意が必要です。
また、冒頭で紹介したような、チョコレートを食べたかどうかを巡る「嘘」も、心の理論が育っているかどうかを見る目安になります。
「嘘」は、場合によっては他の人を傷つけないよう自分の本心を隠す行為にもなります。たとえば、本当は嬉しくない場面でも感謝の言葉を伝えるといった行為は、大人になってからも必要です。
発達障がい児の場合、「心の理論」が十分に育っていないことが多く、後々になって社交辞令ができない、友達の冗談や皮肉が理解できない、といった生活上での困難を抱えることが増えてしまいます。そういったつまずきは、早い段階での適切なケアによって、改善していくことが可能です。