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子どものわがまま、兄弟喧嘩、かんしゃくとの付き合い方

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 先日、息子が3歳になりました。3歳といえば、俗に言う「憎まれ盛り」の第一次反抗期にあたります。また、個人差は大いにありますが、語彙爆発の時期でもあり、オムツが取れる時期でもあり、そろそろお昼寝が必要なくなる時期でもあります。身体も急速に成長し、運動量も増えて、「赤ちゃん」というよりは「幼児」という言葉の方が似つかわしく感じられます。

 そんな息子は、少し前までは、親が指示を出せば応じ、注意されれば素直に従っていたのですが、最近ではそうもいかなくなりました。たとえば、親の財布やパソコンや大事な書類など、あまり触って欲しくない物をいじくりまわして散らかしている場面に出くわして、「それ触らないで」「散らかしたらダメでしょ」などと注意すると、「パパ、No!!」だとか、「ママ、やめて!」と大声で言い返してくるようになってしまったのです。

 しかも、それだけにとどまらず、「パパ(ママ)、いらないの!」と叫びながら、親の背や腹をドンと押しのけてくることさえあります。そのきっぱりとした激しい態度を前に、反射的にイラ立ってしまう時も、正直に言えばあります。そして、そのイラ立ちに流されて「なんでそんなことするの」とか「叩かないで」と言い返すと、ますます息子は「No!!」「やめて‼︎」を繰り返し、その無益なやり取りを繰り返すうちに、息子は泣き出してしまうのです。

 

 とはいえ、興奮状態になった3歳児に向き合うのが、我々大人である場合はまだ良いのです。なぜなら、大人たちは「我慢」や「落ち着く」術をすでにある程度は身につけており、子どもの怒りを前にした時、最前の行動がすぐに取れるかどうかは別としても、少なくとも“理性的に対応しなければならない”という事実は知っているからです。そして、理性的な態度や怒りを鎮める方法も、自力で学ぶことができるからです。

 

 ところが、子ども同士となると、そうもいきません。私(当コラムの書き手)には、3歳の息子の他に、1歳10ヶ月の娘もいます。つまり、息子と娘は年子の兄妹になるのです。この二人の間では、毎日毎日、小さな戦争が起きています。彼らは、先ほど述べたような「3歳児に向き合う大人」という関係ではありません。「大人と子ども」というよりも、考え方や行動が、遥かに似た者同士で、対等に近い関係性にあります。

 ですから、たとえば兄がプラスチックの車でおもちゃ遊びを始めると、すかさず妹が後を追って、お兄ちゃんのおもちゃに手を伸ばします。自分の物を取られた兄は怒って、妹を突き飛ばしたり叩いたりします。年子とはいえ体格差は歴然としているため、兄に押しのけられた妹は、不平を親に訴えるように、非難がましく大声で泣くのです。たとえ、二人に全く同じクレヨンと自由帳のセットを買い与えたとしても、争いが全て無くなる訳ではなく、ほんの些細なきっかけで闘いが始まります。

 こういう兄妹喧嘩の場面に出くわすと、つい親は年上の子、身体の大きな方に厳しく注意を向けがちになってしまいます。というのも、基本的な倫理観として「より小さい者」「より弱い者」を庇護したくなる意識がはたらいてしまうからです。その結果、「妹を叩かないで」「そんな乱暴したらダメでしょ」と、上の子の方がわりを食う羽目になりがちです。特に、喧嘩のきっかけを親が見逃していた場合などは、なおさらです。叱られた兄は、先ほどと同じように「No!!」「パパ(ママ)やめて‼︎」と大声で反論し、挙句、泣いてしまうのです。

 

Do not指示よりもDo指示を

 

 上記の我が家のエピソードを読んで、すでにお気づきになられた方もいるかもしれませんが、実のところ、我が息子の「No!!」「やめて!!」は、普段、彼自身が注意される時に、大人から浴びせられる言葉と同じなのです。つまり、3歳児は、大人の振る舞いを見事に真似して、不当な扱いを受けたと本人が感じた時に、彼なりの反論をしているわけです。

 

 子どもは、身近な大人や、テレビの中で繰り広げられるやり取りなどをすぐに真似します。しかも、どんな時に使うべき言葉や態度なのかも、きちんと理解した上で真似することができます。しかし、その振る舞いが「良い」か「悪い」かの判断まではきちんと出来ません。その「善悪」の判断力や倫理観こそ、大人が子どもに寄り添い、注意深く学習させる必要があるのです。

 

 それでは、親から注意された3歳児の「やめて‼︎」は、果たして「良い」のでしょうか「悪い」のでしょうか。あまり良いとは言えません。

 自戒を込めて述べるならば、これは親である私自身が、子どもに対して「Do not(〜してはならない)」という注意の仕方をしていたからこそ、息子がその振る舞いを学習してしまった結果なのです。

 本来であれば、「Do(〜する)」指示がより望ましい態度であり、子どもの自尊心を傷つけず、「自分で行動したい」という自律心をも育てるための最適な対応です。

 

 先の兄妹喧嘩でいうならば、「妹を叩いたらダメでしょ」「乱暴しないで」と「Do not」指示を出すよりも、「妹に優しくして」「なでなでして」「ぎゅーっとして」などと「Do」指示を出す方が、その後の大泣きや激しい争いなどといった状況の悪化を避けることが出来ます。ここで肝心なのは、優しい行動が取れた上の子を、同じく抱き締めて褒めて、望ましい行動が取れたことを積極的に認めてやることです。

 実際、息子も喧嘩になる度に頭ごなしに叱られるのではなく、仲裁の後に「なでなで」をする習慣を身につけさせたところ、争いが早く鎮まるようになりました。そこで、試しにおもちゃの取り合いの場面で、わざと二人を放置して様子を観察したところ、最初はこれまでのように取り合いを始め、力の弱い妹がおもちゃを取り上げられて泣き出したのですが、すぐさま兄が別のおもちゃを妹に貸してやったので、妹も泣き止んだのです。

 これは、3歳児の中に「Do」指示を習慣づけた結果、大人から言われなくても「優しくする」習慣が身についた証拠ではないでしょうか。いわば、幼児に「弱い者」を庇護しようとする心が芽生え始めたとも言えます。さらに注意深く観察してみると、何らかのきっかけで妹が泣き出した時、兄はぎこちない態度ではありますが、頭を撫でようとしたり、自分の持っているおもちゃを渡そうとする行動を取る場面が増えてきました。

 

 弱い者に優しくする行動を、子どもが身につける。これは、子ども自身が大人から優しく愛情を注がれて育つという基礎がなければ、真の意味で「身についた」とは言えないでしょう。というのも、抱き締められ、優しい言葉をかけられ、遊んでもらうことの「心地良さ」を自ら経験し、知っているからこそ、自分がそれを与える側になった時、相手も「心地良さ」を感じるとの想像に発展し得るからです。つまり、これは子どもに倫理観(社会性)を身につけさせると同時に、他者への想像力をはたらかせる土台作りにもなるのです。

 仮に弟や妹が居ない場合は、小動物を飼って世話することも大変有益な経験になります。あるいは、動物のぬいぐるみに感情を持たせて、お芝居するのでも良いでしょう。

 

 もちろん、彼らはまだ発達の途中であり、全てを冷静で理知的な大人と同じように行動させるわけにはいきません。子どもは言葉でうまく説明出来ない分を、感情や身振りで表現しますから、当然、泣いたり暴れたりという場面を全て消し去るのは難しいです。

 しかしながら同時に、頭ごなしに「Do not(〜してはいけない)」と、彼らの自発的な考えや行動を押さえつけるのはよくありません。たとえ大人の価値観で、その場でその行動を取らないことが「正しい」のだとしても、子どもからすれば、「自分で判断して行動する」機会を奪われたも同然なわけで、発達に必ずしも良い影響をもたらすとは限らないのです。

 

 それでは、どうしても危険な行動をやめさせたい時は、どうしたら良いでしょうか。たとえば、刃物に手を伸ばす。仕事で使う用具をいじる。火のかかった鍋に近づく、信号をよく見ずに飛び出す、などです。そんな時は、「刃物は触らないって約束して」と「約束する」、すなわち「Do」指示に変えてしまうことです。「約束する」「約束ができる」という新たな自発的行動のとっかかりへと繋げることで、頭ごなしの全否定を避けることができます。

 

 今回の例は、3歳児と2歳目前の幼児でしたが、もっと年齢が上の子どもに対しても、この「Do」指示は有効です。

 

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